***  (詩編 1:1‐3) 何と幸せなのだろう。悪人の意見に従って歩まず、 罪人の道に立たず、あざける人と共に座らない人は。 その人はエホバの律法を喜び、昼も夜も小声で読む。 水の流れのほとりに植えられた木のようになり、 時期が来ると実を結び、その葉は枯れない。 行うことは全て成功する。         ***  (詩編 23:1‐6) エホバは私の牧者。私は何も不足しない。 導かれて青々とした牧草地に寝そべり、 水の豊かな場所で憩いを得て、力を取り戻す。 神がご自分の名のために、正しい道に導いてくださる。 深い陰が覆う谷を歩んでも、何も悪いものを恐れない。 あなたが共にいてくださるから。 あなたの棒とつえによって安心できる。 私の敵の前で、あなたは食卓を整えてくださる。 頭に油を塗ってくださる。 私の杯は満たされる。 一生涯、あなたの善い行いと揺るぎない愛は私を離れない。 生きている限り、私はエホバの家に住む。         ***  (箴言 3:13‐26) 知恵を得る人、識別力を身に付ける人は幸せだ。 知恵を得ることは銀を得ることに勝り、 それを手にするのは金を手にするよりも価値がある。 それはサンゴよりも貴重で、 あなたが望むどんなものもこれにはかなわない。 長寿が右の手にあり、富と栄誉が左の手にある。 知恵の道は心地よく、その通り道はどこも平穏である。 知恵はそれをつかむ人たちにとって命の木であり、 しっかりとつかんでいる人たちは幸せな人と呼ばれる。 エホバは知恵によって地の土台を据えた。 識別力によって天をしっかり定めた。 神の知識によって深い水は分けられ、 大空の雲は水を滴らせた。 わが子よ、それらを見失ってはならない。 役立つ知恵と思考力を守れ。 それらはあなたに命を与え、あなたの首飾りとなる。 あなたは道を安全に歩き、 決してつまずかない。 横になる時、恐れを感じることはない。 横になれば、眠りは心地よい。 突然の恐ろしいことも、 悪人たちを襲う嵐も、恐れない。 エホバはあなたに確信を持たせてくださり、 あなたの足をわなから守ってくださる。         ***  (伝道 3:10‐17) 私は神が人に与えた務めを知った。 神は全てを適切な時に美しくした。 神は人に、永遠を思う心さえ与えた。それでも人は、 真の神の行いを決して知り尽くすことがない。 私はこう結論した。生涯の間、喜び、善を行う。 人にとってこれ以上の幸せはない。 人は皆、食べ、 飲み、一生懸命働いて充実感を得るとよい。 それは神からの贈り物なのだ。 私は、真の神が定めた事柄は全て永続することを知るようになった。それに加えたりそれから取り去ったりすべきものは何もない。真の神がそのようにした。 それで人々は神を畏れる。 起きる事は、すでに起きた事であり、 存在するようになるものは、すでに存在していた。 真の神は、追われているものを探す。 私はこの地上で、公正の場に悪があり、正義の場に 悪があるのも知った。 それで心の中で言った。 「真の神は正しい人も悪い人も裁く。 全ての活動、全ての行いに時がある」。         ***  (伝道 5:10‐18) お金を愛する人は、いくらお金を手にしても満足しない。 財産を愛する人は収入に満足しない。 これもまたむなしい。 良い物が増えると、それを当てにする人たちも増える。 所有者には、得た物を自分の目で見て喜ぶほかに、どんな利益があるだろう。 主人に仕える人は、食べる分が少ないか多いかに関わり なく、心地よく眠れる。しかし、 多くのものを持つ裕福な人は眠れない。 私はこの地上で大きな悲劇を見た。ため込んだ財産が、 その所有者に害を及ぼした。 その財産は事業に 失敗して失われた。彼に子が生まれる時、 所有物は何も残っていない。 人は、母から生まれた時と同じように、裸で去っていく。 生まれた時と同じである。一生懸命働いても、 何一つ持っていけない。 これも大きな悲劇だ。人は、生まれた時と全く同じように 去っていく。風を追うかのように一生懸命働くことに 何の価値があるのだろう。 毎日、暗闇の中で食べ、 多くのいら立ち、病気、憤りを経験する。 私は人にとって何が良いことかを知った。それは、 真の神が与えてくださる、地上での短い生涯の間、 食べ、飲み、一生懸命働いて充実感を得ることだ。 それが人の報酬である。         ***  (伝道 8:8‐14) 生命力を意のままに操ったり保ったりできる人は一人も いない。同じように、死ぬ日を意のままに操ることが できる人はいない。戦いの間、持ち場から離れることは誰にもできない。同じように、悪を行う人たちは悪に はまり、その結果を免れることはない。 私はこの全てを見た。地上で行われた全てについて真剣に考えた。これまでずっと、人は人を支配し、人に 害を及ぼしてきた。 私は悪人が葬られるのを見た。 以前、聖なる場所に出入りしていた人たちである。 しかし彼らは、自分たちが悪を行った都市ですぐに 忘れ去られた。これもまたむなしい。 悪い行いに対する刑罰が速やかに下されていない。それで人は平気で悪を行うようになっている。 100回悪を行った罪人が、長生きすることがある。 しかし私は、真の神を畏れる人たちが良い結果を得るのを知っている。神を畏れているのでそうなるのだ。 悪人が良い結果を得ることはない。悪人が生きる日々は影のようで、長く続かない。神を畏れていないからだ。 地上でむなしいことが起きている。正しい人が、悪を行ったかのように扱われ、悪人が、正しいことを行ったかのように扱われている。私は、これもまたむなしいと言う。         ***  (イザヤ 53:3‐7) 彼は軽んじられ、人々に避けられた。 苦痛を味わうことになっており、病気をよく知っていた。 顔が私たちから隠されているかのようだった。 彼は軽んじられ、私たちは彼を無視した。 彼はまさしく私たちの病気を担い、 私たちの痛みを負った。しかし私たちは、彼が災厄に遭い、神に打たれて苦しんでいると考えた。 彼は私たちの違反のために刺し通され、 私たちの過ちのために打ち砕かれた。 彼が処罰を受けたので私たちに平和がもたらされ、 彼の傷のおかげで私たちは癒やされた。 私たちは皆、羊のようにさまよい、 それぞれの道を歩んでいた。 エホバは私たち皆の過ちを彼に負わせた。 彼は虐げられ、苦しめられるままになったが、 口を開こうとしなかった。 羊のように、殺されるために連れてこられ、 毛を刈る人たちの前で黙っている雌羊のようになり、 口を開こうとしなかった。         ***  (イザヤ 65:17‐25) 私は新しい天と新しい地を創造している。以前の事柄は 思い出されることも、心に浮かぶこともない。 私が創造しているものについて歓喜し、永遠に喜びなさい。私はエルサレムを喜びのもととして、 住民を歓喜のもととして創造しているのである。 私はエルサレムについて喜び、私の民について歓喜する。その都市の中で泣き声や苦悩の叫びが聞かれることはなくなる。 そこには、数日しか生きない乳児も、寿命を全うしない老人 もいなくなる。罪人は100歳であっても災いを受け、 100歳で死んだ者も少年と見なされるのである。 人々は家を建てて住み、ブドウ園を造って実を食べる。 建てた家に他人が住むことはなく、植えた物を他人が 食べることもない。私の民の寿命は木の寿命のようになり、私が選んだ者たちは働く喜びを存分に味わう。 彼らは無駄に労苦することはなく、生まれる子たちが 苦しむこともない。彼らとその子孫は、 エホバに祝福された民だからである。 彼らが呼び掛ける前に私は答え、 彼らがまだ話しているうちに私は聞き入れる。 オオカミと子羊が一緒に食べ、ライオンは雄牛のように わらを食べる。蛇は土を食物とする。 これらは私の聖なる山のどこにおいても、荒らしたり 危害を加えたりしないと、エホバは言う。         ***  (ルカ 10:29‐37) しかしその男性は、自分の正しさを示そうとしてイエスに 言った。「私の隣人とはいったい誰でしょうか」。 イエスは答えた。「ある男性がエルサレムからエリコに下っていく途中で、強盗たちに襲われました。強盗は 服を剥ぎ、殴り、半殺しにして去っていきました。 たまたま、ある祭司がその道路を下っていきましたが、 男性を見ると、道の反対側を通り過ぎました。 同じように、あるレビ族の人も、そこに来て彼を見ると、道の反対側を通り過ぎました。 ところが、その道路を通っていたあるサマリア人はそこに 来て彼を見ると、かわいそうに思いました。 それで近寄り、傷に油とぶどう酒を注いで包帯をしてあげました。それから彼を自分の家畜に乗せ、宿屋に連れていって世話をしました。 次の日、2デナリを取り出し、宿屋の主人に渡して言いました。『この人の世話をしてください。もっと費用がかかったら、戻ってきた時に払いますから』。 この3人のうち誰が、強盗に襲われた人にとって隣人に なったと思いますか」。 律法に通じた男性は言った。「その人に対して憐れみ深く行動した人です」。 イエスは言った。「行って、あなたも同じようにしなさい」。         ***  (ヨハネ 1:9‐18) どんな人にも光を与える真の光は、世に来ようとしていた。 実のところ彼は世にいて、世は彼を通して存在するように なったのに、世の人々は彼を知らなかった。 彼は 自分の民の所に来たのに、民は受け入れなかった。 しかし、彼は自分を受け入れた人全てに、神の子供となる権利を与えた。その人たちが彼の名に信仰を抱いていたからである。 その人たちが誕生したのは、血筋によるのでも親の意志によるのでもなく、神による。 こうして、言葉は人間となって私たちの間に住み、私たちは彼の栄光、独り子が父から受けた栄光を目にした。 彼には神の恵みと真理が満ちていた。 (ヨハネは彼について証言し、こう叫んだ。「これこそ私が言っていた方です。『私の後から来る方は私より優れている。私より先に存在したからである』と」。) 私たちは皆、彼に満ちていたものの中から受け、しかも 惜しみない親切を繰り返し受けた。 なぜなら、律法は モーセを通して与えられ、惜しみない親切と真理は イエス・キリストを通して実現したからである。 これまで神を見た人はいない。しかし、天の父のそばに いる、神のような独り子が、神について説明した。         ***  (ローマ 12:12‐21) 希望によって喜びましょう。苦難に遭っても忍耐しましょう。粘り強く祈りましょう。 困っている聖なる人たちと分け合ってください。 人をもてなすことに努めましょう。 迫害する人のために祝福を願い続けてください。 祝福を願うのであって、不幸を願ってはなりません。 喜ぶ人と一緒に喜び、泣く人と一緒に泣きましょう。 自分を見るのと同じ見方で他の人を見てください。 高慢な考え方をせず、謙遜であってください。 自分は賢いと思い込んではなりません。 悪いことをされても、決して仕返しをしてはなりません。 どうすれば誰の目から見ても良いことを行えるかを 考えてください。 できる限りのことをして、どんな人 とも平和な関係でいるようにしましょう。 愛する皆さん、復讐してはなりません。神の憤りに任せ ましょう。「『復讐は私がすることであり、私が報復する』とエホバは言う」と書いてあるからです。 「敵が飢えているなら、食べさせましょう。喉が渇いているなら、飲む物を与えましょう。そうすれば、燃える炭を その人の頭の上に積むことになるのです」。 悪に征服されてはなりません。 善によって悪を征服し続けましょう。         ***  (コリント第一 12:31‐13:8) それでも、より優れた贈り物を頂けるように努力し続けて ください。とはいえ、私は何よりも勝った道を皆さんに教えます。 たとえ私が人間や天使のさまざまな言語を話しても、愛がなければ、うるさく鳴るどらや、やかましく響くシンバルのようです。 たとえ私が預言する能力を持ち、全ての神聖な秘密と全ての知識を理解していても、また、 たとえ山を動かすほどの強い信仰を持っていても、 愛がなければ無価値です。 たとえ私が持ち物を全て差し出してほかの人が食物を得られるようにしても、 また、たとえ体をなげうって自分を誇れるようにしても、愛がなければ何も得られません。 愛は辛抱強く、親切です。 愛は嫉妬しません。愛は自慢せず、思い上がらず、 下品な振る舞いをせず、自分のことばかり考えず、 いら立ちません。 愛は傷つけられても根に持ちません。 愛は不正を喜ばないで、真実を喜びます。 愛は全てのことに耐え、全てのことを信じ、全てのことを 希望し、全てのことを忍耐します。 愛は決して絶えません。         ***  (啓示 22:1‐7) また天使は、命の水の川を私に見せてくれた。 その川は水晶のように澄み切っていて、神と子羊の座から流れ出ており、 都市の大通りの中央を流れていた。 川の両側には命の木があった。 それらの木は年に12回、毎月実を結び、木の葉は人々を癒やすためのものだった。 もはや災いはなくなる。神と子羊の座が都市の中にあり、 神の奴隷たちは神に神聖な奉仕をする。 彼らは神の顔を見ることになり、額に神の名を記される。 また、夜はもうなくなり、彼らはランプの光も太陽の光も 必要としない。エホバ神が彼らを照らすからである。 そして彼らはいつまでも永遠に王として治める。 天使は私に言った。 「これらの言葉は信頼でき、真実です。 預言者たちを聖なる力によって導いた神であるエホバが、間もなく必ず起きる事柄をご自分の奴隷たちに示すため、天使を遣わしたのです。 私は速やかに来ます。この巻物の預言の言葉を守る人たちは幸福です」。